平成22年6月7日月曜日

舞踏の週末

(Photo by Seiji Tanaka)
今週末ブリズベンで知人の舞踏のワークショップがあったので行ってきました。
ヘレンさんという日本の大野先生のところで会った女性で、舞踏を学ぶために最近まで日本に3年住んでいたそうです。先週2日路上で偶然彼女に再会し、ワークショップの情報を受け取ると同時に、訃報も受け取りました。前日6月1日に大野一雄先生が、103歳で永眠されたということを知りました。一雄先生に捧げるワークショップとなりました。

2日間、計12時間の集中ワークショップで、彼女が学んだ舞踏マスター達、大野義人、DAIRAKUDAKAN、SEISAKU、中島なつ、和栗由紀夫などのさまざまなスタイルの教えをシェアしてくれました。

一言に舞踏と言っても、見た目も考え方もいろいろです。例えば、舞踏の創始者でともに舞踏を世界に広めた土方巽と大野一雄は、全く相反する理論を持っていました。土方巽は、形を重視します。まず、体で型を作り、魂はあとから入ってくる、という考え。大野一雄は、形なきもの、魂を重視します。まず魂があり、型、動きはそこから自然に生まれる、という考え。その両方の教えに基づく稽古を体験しました。

繊細な踊りから、極端な表現まで、実にさまざまな内容でした。水を入れたビニール袋の玉が床を転がる様を踊ったり、ペアを組んで、怒り、喜び、悲しみ、エクスタシーなどの表現の大きさをにらめっこのように競ったり、あらゆる種類の奇妙な音に即座に体を反応させたり、電気ショックのダンスなどもしました。意識的な動きにより空間の大きさを際立たせる方法や、いつでももうひとりの自分、何人もの自分がいるということを認識して、自分の動きだけでなく、まわりの空間を意識して踊る練習などもしました。胎児になる踊りでは、本当に包まれているような安心感と落ち着きを覚え、丁寧にそっと扱うように踊りました。初めて水に手を触れた時のヘレンケラーのような気持ちで水を感じたり、光から生まれた存在が初めて闇に足を踏み入れ、またそこで光を見つけるというテーマでの即興もしました。

二日目は、かなりハードなウォームアップのあと、予測不可能に動く煙になったり、霧や蒸気の違いなどを体で表現しました。煙をまねるのではなく、煙そのものになること。演技を超えて、現実の経験を踊る、と言うSeisakuの言葉の引用が印象的でした。さまざまな彫刻の写真を見せられ、それを記憶して繋げて踊りにする練習は、振り付けをするのにとても役立つと思いました。
大野義人先生の教えの部分は、日本のスタジオでの稽古を思い出し、暖かい気持ちになりました。空間をじっくり見ること、空間を切り裂くこと、風、花、固さと柔らかさ、祈りなどを踊りました。祈りを一雄先生に捧げて踊りました。サンフランシスコに移る前、私は日本があまり好きではありませんでした。3年経って帰国して大野先生の横浜のスタジオのことを知りました。お稽古に行くたびに、踊りというよりも人生について深い教えを詩的な方法で、体での表現を通じて受け取りました。自宅のベッドで寝たきりの一雄先生に会うたびに、日本て、人生てなんて美しいんだろう、と思うことが出来るようになりました。踊りながら感謝の気持ちで涙が止まりませんでした。
最後は、髪の毛をテーマに踊りました。テーマだけ聞いたとき、女性的な美しいイメージを多くの人がもっていたのですが、テーマはだんだん発展していき、最後は、髪の毛に虫がわいてきて、その不快感を歪んだ顔で表現しながら、弱った足で森を彷徨う老女になりました。

一日中、体を使い、さまざまな感情や自然のクオリティを、誠心誠意表現することは、本当にパワフルな癒しと変容をもたらしてくれるということを、舞踏漬けの週末を終え実感しました。

そして今日は、ものすごい筋肉痛。椅子に座るのも手すりにつかまってよっこらしょ、本当に老女のようになってしまいました。。。

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